善光寺
善光寺
信州善光寺大本願上人の別院、浄土宗の尼寺である。慶長6年(1601年)に徳川家により江戸谷中に設けられたが火災にあい、現在の青山に移された。間口七十五間、奥行百間のかなり大きな寺であった。境内には勝海舟の撰文による高野長英の碑、明治初期に人力車を発明した和泉和助、鈴木徳次郎、高山幸助の功を伝える「人力車発明記念碑」、芭蕉の句碑がある。また本堂には信州と同じく戒壇巡りがある。
高野長英は幕府の対外政策を風刺した「夢物語」を書いて投獄されたが伝馬町獄舎炎上を機に逃げ、各地を潜行した。顔を焼いて人相を変え沢三伯という偽名を使っていたが、青山の隠れ家(今スパイラルホールが建っているあたり)で捕吏に発見され、47歳で自害した